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潰れない会社の為に

この度は冬頭建設・リフォームパパのホームページにお越しいただきまして、本当にありがとうございます。数多い会社がある中で、ご縁ができたことをとても嬉しく思います。

冬頭建設は現在の代表である私の父、冬頭喜三人が1961年に名古屋市瑞穂区で創業した会社です。創業当初はお客様も少なく、ご近所の営繕工事からスタートしたと聞いております。真面目に働いたおかげで、順調に業績を伸ばし、私が中学生のころは社員が50名ほどの大きな会社になっていました。当時の父親は羽振りも良く、錦で豪遊していたとも聞いております。

しかし、私が高校3年生の時に第二次オイルショックと不況が重なり会社が倒産しかけました。自宅と2つあった大きな倉庫と作業場を売り、2棟あったビルを残しました。高校生だった私は詳しいことは解らなかったのですが、とにかく会社が大変で、自宅を売ってお金にしないと会社が潰れる不安だけは感じていました。自宅を売った後は、本社ビルの倉庫などを改装して住むことになりました。そのために、自分が子供のころから集めていた本やミニカーなど、置き場に困るものは全て捨てることになり、とても悲しかった思い出は今でも残っています。怪獣が好きだったのでビニール製のゴジラ人形なども集めていました。取っておけば今なら高額で売れたのになあ。(笑)

その時は社員も全員辞めて父と二人で会社を再スタートするために、昼間は仕事を手伝いながら大学は夜間へ通っていました。昼間働いて夜学校へ行くのは眠くて大変でした。夕飯を食べる時間が無いと、空腹のまま授業を受けるのも困りました。それより、今のように録画やユーチューブも無いので、夜のテレビ番組が見れず、友人たちとの話題が合わなかった方が一番辛かったです。(笑) 今思うと、この時は無我夢中で仕事を手伝って、必死に勉強して卒業した4年間だったと思います。

このような辛い過去の経験から、会社は大きくなくてもいいから強い会社にしたいと心に決めています。釘やビス1本、コピー用紙1枚から大切に使うことを社員に指導し(今の若い人はなかなか理解してくれませんが・・涙)、無駄やロスを徹底的に改善して効率よい経営と、いざという時に困らないように内部留保や資産を蓄えるようにしています。 おかげさまで会社のキャッシュフローはプラスで、業者さんへの支払いも借り入れなく、全て現金で支払える蓄えもできるようになりました。

もちろん、現場での材料や職人さんの人数もお見積りの時にしっかりと計算して出します。弊社のお見積り提出が少し(大変に・・・汗)遅いのはこの計算をしているからです。お見積りを早く出すなら予算を多めに見ておけばいいのですが、それではお施主様にご負担をかける上に、弊社がぼろ儲けすることになり本末転倒です。お客様へ提出するお見積りは実際の面積や本数を明記しますが、足りないと現場での作業が止まりますのでしっかりと計算して実面積や実数の3%ほど多く発注します。この数字が大きすぎると、お客様の費用負担と産業廃棄物が多くなってしまいます。それでも残った材料は捨てずに自社倉庫に保管し、いざという時の補足材で残しておきます。これもお金のなかったときの名残でしょうか、捨てられなくて・・・(笑)。このような地道な節約も会社の存続には必要だと思います。

私は高額なベンツやフェラーリに乗りたいとも思いません。高額な時計を何本も集めません。高級クラブでお姉ちゃんと一緒に飲んで歌ってということにも興味はありません。釣りが趣味ですが中古品しか買いません。(だって直ぐに傷つくじゃん!笑)贅沢はしなくていいので、毎日普通の生活ができ、ご飯が食べられるだけで幸せです。節約しすぎるところもあると思いますが、これは会社が潰れるという恐怖や不安を体験しているからかもしれません。逆に体験しているからこそ、利益が出ても贅沢や浪費はしないと自信を持っています。(今の若い社員や職人さんには解らないかもしれませんけど・・・)

もちろん従業員や職人さんの雇用を守ることも大切です。そして何より、会社を継続していくことがお客様への究極のアフターサービスだと思っています。

そしてもう一つ、会社が潰れかけて父親と残った顧客台帳を元に営業をした時に体験した辛い思い出も営業の根本にあります。私が19歳の昭和56年頃の再スタートの時に、台帳に載っている住所を元に1軒づつ営業に回りました。その時にお客様から言われた言葉が今でも忘れられません。「あんたたち仕事がなくなったから、こうやって営業に来ているが、私が修理を頼んだ時、『当社はそんな小さな仕事はしていません!』と言って電話を切っただろ!今さら来たって、お宅には今後一切頼むつもりは無いから、とっとと帰ってくれ!」

このように言われたお客様は、実は一人ではありませんでした。複数の方に言われたので、親父はショックで、その後は私一人で営業に回りました。若かったので精神的にも平気だったのかな? 今ならへこんでいます・・・(笑)倒産前の弊社は会社も大きく、マンションや分譲住宅を数多く作っていて、景気も良かったので修理の様な小さな工事は平気で断っていたのでしょう。また、修理や修繕は手間が意外にかかる割には利益が薄い上に、お客様から「料金が高い!」と言われることも多いので、どこでもやりたくないのです。でも私はあの時にお客様から言われた言葉がどうしても頭から離れないので、その後は修理や修繕も喜んでお受けしています。多分、その時はお客様はとても困って弊社にお電話してきたのだと思います。お客様が困っている時は、仕事を選ばずに何でも対応することがお客様のためであり、会社の存続にも繋がると確信しています。

こんな思いから私は会社を経営しています。決して大きな会社ではありませんが、社員も職人さんもみんな心の綺麗なプロ集団です。私の考えや思いに賛同した者しか、冬頭建設・リフォームパパには在籍しておりません。いい仕事をして、弊社に携わった方が全て幸せで笑顔になることを期待して、皆様とのご縁が増えればうれしく思います。